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東京地方裁判所 昭和34年(行)78号 判決

原告 金沢みつ子こと坂上みつ子

被告 国

訴訟代理人 宇佐美喜一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、双方の申立

原告訴訟代理人は「原告が日本国籍を有することを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文と同旨の判決を求めた。

第二、原告の主張

一、原告の母坂上よし子は、日本人である本籍青森県北津軽郡長橋村大字福山字広富一六一番地亡小田桐伝次郎を父とし、同しゑを母として大正七年七月二五日同地において出生し、同月三一日父の右戸籍に入籍し、右出生により日本国籍を取得したものであるが、昭和一二年春、本籍朝鮮黄海道信川郡北部面石塘里二七七番地の訴外朝鮮人金沢英一と内縁関係に入り、昭和一八年四月一六日婚姻の届出をし、右届出により、右父の戸籍から除籍されて訴外金沢の戸籍に入つた。坂上よし子は、その後昭和二〇年の終戦当時、金沢との間に離婚を合意し、以後同人とは全く性的交渉を絶つたが、離婚の届出手続をしないまま同年一一月一四日朝鮮より内地に引揚げ、その後日本人である訴外坂上慶麿と同棲中昭和二九年一〇月一日内地において原告を分娩した。右のように、原告は訴外金沢の子ではなく、訴外坂上慶麿の子であるが、母坂上よし子が戸籍上金沢と婚姻中であつたので、原告を金沢の子として出生届をせざるを得なかつた。その後、坂上よし子は、右金沢英一を被告として東京地方裁判所に離婚の訴を提起し、昭和三〇年三月二九日右離婚の確定判決を得たので、昭和三三年二月五日坂上慶麿との婚姻の届出をした。また、原告は、右金沢を被告として親子関係不存在確認の訴を提起し、昭和三三年三月一八日右認容の判決を得、該判決は確定した。

二、原告は出生により日本国籍を取得したものである。

(一)  原告の母坂上よし子は、前記のとおり日本人であり、その後日本国籍を離脱したこともなく、したがつて原告出生当時も日本国籍を有していたから、原告は出生により日本国籍を取得したものである。右よし子は、ただ、かつて訴外金沢との婚姻により、父の戸籍から除籍されて同訴外人の戸籍に入つたにすぎず、右の事実があつたからといつて、右よし子が日本国籍を失ういわれはない。もつとも、よし子は、昭和三二年一一月二七日日本へ帰化したが、それは被告が、よし子を朝鮮人なりとして同人の日本国籍を否定したので、やむなく帰化の手続をとつたからにすぎず、よし子は右帰化をまつまでもなく、もともと日本人なのである。

被告は、平和条約の発効にともない、坂上よし子は日本国籍を失い朝鮮国籍を取得したと主張する。しかしながら、平和条約には何人が朝鮮国籍を取得すべきかについて規定がないばかりでなく、朝鮮は平和条約の当事国でないからこれに拘束されるものでなく、また、被告主張の朝鮮戸籍令、戸籍法、共通法等は日本国内法であるから、これら条約、法令を根拠にして朝鮮国籍を取得すべき者の範囲を解釈上導き出すことは朝鮮国の主権を侵すことになり許されない。すなわち、日本国としてなしうるのは、朝鮮独立により如何なる者が日本国籍を失うかを決定することのみであり、何人が朝鮮国籍を取得するかは朝鮮の国内法令によつて定まることである。しかして、大韓民国代表部の見解によれば、大韓民国は終戦の日に独立し、いわゆる朝鮮人が朝鮮国籍を取得したものとしている。したがつて原告の母よし子は、朝鮮においては、朝鮮人としての国籍を否定されている可能性が極めて大であり、被告の解釈によるときは、よし子は無国籍とならざるをえない。およそ国籍の得喪は、当人にとつて身分上その他生活関係に重大な影響をもつものであるから、何れの国籍を取得するかは当人の自由な選択に委すべきものである。そしてまた、慣習、国民感情等をも斟酌し、国籍の積極的、消極的抵触の生じないよう妥当な解決をはからねばならない。原告の母よし子は、当時昭和一八年頃より朝鮮人に対しても兵役が課せられ、戸籍上朝鮮名が廃止された日本名を用いることになり、政府も内地人朝鮮人の区別を廃して戦力を結集せんとし、朝鮮人と婚姻することを奨励したので、国策に従つて金沢英一の籍に入り朝鮮に渡つたのである。もし、被告主張のように、朝鮮独立によつて朝鮮国籍を取得するなら、金沢とは婚姻しなかつたのである。かかる内地人女子は日本の保護を離れてまで朝鮮に渡る意思はなかつたからである。よし子が終戦とともに内地に引揚げたのも、朝鮮政府治下の国民たることを欲せず、日本国民たる地位を維持しようと欲したからにほかならない。国民は領土に附随するものではないから、領土が割譲されても、その領土に居住する人民の国籍は当然に移転せしむべきでなく、領土の割譲に反対する住民には、従前の国籍を維持して他の領土内に移住しうる権利を認めるのが国際法の条理である。また、よし子は、前記のとおり生来的な朝鮮人とはその地位を異にし、離婚すれば当然もとの内地の本籍に復し得る地位、すなわち内地人たる地位を回復し得る地位にあつたのであるが、右よし子のような生来的内地人は、終戦により朝鮮人から迫害をうけ、よし子もその例外でなかつた。このことは当時の朝鮮人の人民感情として、籍の有無による区別は問題でなく、血統による区別によつたことを示すものである。

これを要するに、もと内地人であつたよし子は、平和条約発効後も、朝鮮国籍を取得すると否とにかかわらず、日本国籍を喪失しなかつたものというべきである。平和条約において、朝鮮の独立を承認するとしているのは、朝鮮は日本併合以前は独立国であつたから再び独立せしめるという意味にすぎず、被告主張のように、朝鮮を日本併合以前の状態に復帰せしめる意味と解するのは、法的安定性を害する考え方である。したがつて、平和条約の発効により日本国籍を喪失すべき者の範囲に、日本併合なかりせば朝鮮人の妻として朝鮮人となつたであろう元内地人女子を含める被告の見解は、法的安定性を害し不当である。

(二)  かりに被告主張のように、原告の母よし子が、平和条約の発効により日本国籍を喪失したものとしても、それ故に右よし子が平和条約の解釈上朝鮮国籍を取得したとすることは越権であり許されない。しからば、右よし子のように、生来は内地人で、朝鮮国民たることを欲せず、日本の保護を期待して日本に帰国してきた者は、無国籍者であるか、少くとも無国籍者と同様の取扱をなし、日本において出生したその子原告は当然日本国籍を与えられるべきである。日本政府が原告の母のような者に対し容易に帰化を認めること、すなわち日本国籍の取得により朝鮮国籍を失うか否かを問わず帰化を認めることは、このような者を無国籍者と同視しているからにほかならない。

三、よつて原告が日本国籍を有することの確認を求める。

第三、被告の主張

一、原告の主張第一項中、原告の母坂上よし子が、原告主張のように出生により日本国籍を取得した日本人であること、その主張のような経過で訴外金沢と婚姻しその戸籍に入つたこと、その主張の頃朝鮮から引揚げてきたこと、昭和二九年一〇月一日原告を分娩したものであること、原告が訴外金沢の子でないこと及び原告主張のように坂上よし子が金沢を被告とする離婚の確定判決を得て坂上慶麿との婚姻届をしたこと、原告と金沢との間に親子関係不存在確認の確定判決がなされたこと、はいずれも認めるが、その余の事実は知らない。同第二項の原告の法律上の見解は争う。

二、原告の母坂上よし子は、原告主張の昭和一八年四月一六日訴外朝鮮人金沢英一との婚姻により内地の戸簿から除籍されて朝鮮の戸籍に登載されたことにより、いわゆる朝鮮人となり、その後平和条約の効力発生の日に日本国籍を喪失し、昭和三二年一一月二七日帰化により日本国籍を取得するまで朝鮮国籍を有していたものである。

(一)  いわゆる朝鮮人は、平和条約の効力発生の日に日本国籍を喪失している。

日本国は、平和条約第二条(a)項により朝鮮の独立を承認したのであるが、同条約は朝鮮国の国籍を取得すべき者の範囲について明文の規定を設けていない。けれども、右条項に「朝鮮の独立を承認し」とあるのは、かつて存在した独立国であつた朝鮮が独立を回復することを承認する、という趣旨であり、これに応じて国籍の変更についても朝鮮併合の結果日本国籍を取得した朝鮮人及びその子孫は、その居住地がどこにあるかを問わないので、すべて朝鮮の国籍を独立の回復と同時に回復すべきものと解すべきであるので、いわゆる朝鮮人は平和条約の発効と同時に日本の国籍を喪失したものである。これをさらに敷衍すると、ボツダム宣言受諾にともない、国際法上朝鮮の独立が保障され、この方針に則りその後の連合国による日本占領下においては、平和条約による異法地域の国籍確定までの間、朝鮮人は外国人として取扱われていた。すなわち、昭和二一年一月二九日「若干の外廓地域を政治上行政上日本から分離することに関する覚書」及び同年三月二二日付同名の覚書で、日本の行政権の存続或いは停止する地域的範囲を規定し、これに対応して衆議院議員選挙法を改正し、朝鮮人その他の外国人は選挙権及び被選挙権を停止され、昭和二一年一一月三日公布の日本国憲法の制定に参加しえなかつたこと、同年二月一七日朝鮮人、中国人、琉球人及び台湾人の登録に関する覚書第一で、登録の実施が命令され、右命令を実施するため制定された外国人登録令第一一条で、朝鮮人は外国人と見做され、第二条で外国人とは日本国籍を有しない者と定められていること、等からもいわゆる朝鮮人は実質的には日本人として取扱われていなかつたことが明らかである。したがつて日本法である共通法は、ポツダム宣言受諾後における連合国占領下においては、外地人を拘束する効力を失い、朝鮮人は外国人として取扱われるに至つたものと解せられるのである。そして連合国の日本占領方針に副い南朝鮮においては、一九四八年(昭和二三年)五月一一日法律第一一号をもつて、国籍に関する臨時条例を制定し、朝鮮国籍を有する者の範囲を定めてあり、日本国においても昭和二七年四月には平和条約の発効にともなう戸籍事務処理方針を定め、平和条約の発効によつて、その第二条(a)項により外地人たる朝鮮人は確定的に日本国籍を離脱し朝鮮国籍を取得したのである。

(二)  平和条約の発効によつて日本国籍を喪失するいわゆる朝鮮人とは、平和条約の発効時まで朝鮮の戸籍に登載されて朝鮮人たる身分を取得していた者をいい、朝鮮人男子と婚姻し朝鮮の戸籍に登載されていた内地人女子を含むものである。

日本内地と朝鮮とは、併合以来日本国内における異法地域を形成しており、朝鮮には日本民法の適用なく、その身分上の地位に関しては明治四五制令第七号、朝鮮民事令第一一条により、民法によらないで慣習によることとされ、又戸籍については戸籍法の適用なく朝鮮戸籍令(大正一一年総督府令第一五四号)によることと定められ、その間の連絡については共通法によることとされていた。このように、等しく日本国籍を有するとはいつても、身分上戸籍上、内地人、朝鮮人の区別があり、朝鮮人は朝鮮に本籍をもち、内地に転籍することは許されなかつたし、内地人は内地に本籍をもち朝鮮に転籍することは許されなかつた。そして、共通法第三条により、前記民事令、戸籍令の適用をうける朝鮮人の妻となつた内地人女子は婚姻によつて内地の戸籍から除籍されて内地人たる身分を失い、朝鮮人たる身分を取得するものとされ、一般朝鮮人同様の地位を与えられてきたのである。

したがつて平和条約の趣旨が、朝鮮を日本併合以前の状態に復帰せしめようとするものである以上、それによつて日本国籍を喪失すべき朝鮮人のうちには、日本併合なかりせば朝鮮人の妻として朝鮮人となつたであろう元内地人女子が含まれることは、平和条約の合理的解釈上当然のことである。

三、原告は坂上よし子が右のように朝鮮国籍を有していた昭和二九年一〇月一日同人の非嫡出子として出生したのであるから、当然朝鮮国籍を取得したものであつて、日本国籍を取得するいわれはなく、原告において日本国籍を取得しようと欲するならば、よろしく帰化の手続によるべきである。

第四、証拠〈省略〉

理由

一、訴外坂上よし子が、大正七年七月二五日、日本人である小田桐伝次郎を父とし、同じく日本人である同しゑを母として出生し、日本国籍を取得したものであること、同訴外人は昭和一八年四月一六日本籍を朝鮮黄海道信川郡北部面石塘里二七七番地に有する訴外朝鮮人金沢英一と婚姻し入籍したが、昭和二〇年一一月一四日朝鮮から日本に引揚げ、昭和二九年一〇月一日日本において原告を分娩したこと、その後同訴外人が昭和三〇年三月二九日右金沢英一との間に離婚の確定判決を得、また原告が昭和三三年三月一八日右金沢を被告とする親子関係不存在確認の判決を得、その判決が確定したこと、はいずれも当事者間に争がない。

二、右事実によれば、原告は母坂上よし子の非嫡出子として出生したわけであるが、原告は、その出生当時母よし子が日本国民であつたことを理由に、それが理由ないとしても当時よし子が無国籍か或は無国籍と同様に取扱われるべきことを理由に、原告が出生による日本国籍を取得したと主張するので、果して原告の母より子が、原告出生当時日本国籍を有していたかどうか、また無国籍と考えるべきか否かについて判断する。

原告の母坂上よし子は、前記のとおり、昭和一八年四月一六日朝鮮人である金沢英一と婚姻入籍した。そして被告は、右よし子のように、もと内地人であつた者でも、平和条約の発効前に朝鮮人との婚姻により内地の戸籍から除籍されて朝鮮の戸籍に入つた者は平和条約の効力発生に日本国籍を喪失したものと解すべき旨主張する。

ところで、国家の独立、領土の変更等にともなう国籍の問題は、平和条約または関係国間のその後の取極めにより確定的に決められるのが普通であるが、対日平和条約及びそれに付属する文書のうちには、それに関する規定がなく、またその後にもこれに関する取極めはいまだなされていないから、このような現状においては、朝鮮独立にともなう国籍変動の問題も、けつきよく朝鮮独立に関する平和条約第二条(a)項の合理的解釈にその解決をもとめるほかはない。そして、右平和条約は、日本の侵略主義の結果を侵略前の状態に戻すこと、したがつて朝鮮についていえば、この地域を日本による併合前の状態に復帰せしめ、再び朝鮮民族国家を樹立せしめることを意味するものであるから、韓国併合の結果日本国籍を取得した朝鮮人及びその子孫は、内地に在住する者を含めてすべて平和条約の発効と同時に日本の国籍を喪失し朝鮮の国籍を取得したものと解すべきであるが、平和条約の合理的な解釈上、右の範囲には、平和条約発効前の婚姻により、朝鮮人男の妻となつている元内地人女も含まれると解すべきである。(東京高裁昭和三〇年七月三〇日判決昭和二九年(ネ)第四八六号、東京高裁昭和三四年八月八日判決昭和三二年(う)一七七三号参照)。

してみると、原告の母坂上よし子は昭和二七年四月二八日平和条約の発効とともに日本国籍を失い朝鮮国籍を取得したものであるから、その後、当事者間に争ない昭和三二年一一月二七日帰化による日本国籍取得までの間、朝鮮国籍を有していたわけであり、したがつてまた、原告出生の昭和二九年一〇月一日当時もいまだ朝鮮国籍にあつたわけである。

原告は、よし子が日本に引揚げてきたのは、朝鮮国民たることを欲せず、日本国籍を保持したかつたにほかならないから、平和条約によつても日本国籍を喪失したと解すべきでないとの趣旨を縷々主張し、国籍の決定はその国の法律によることが原則であることは原告主張のとおりであるけれども、朝鮮の独立に伴う国籍についての法律関係が前記のとおりである現状においては日本の法律解釈としては平和条約の発効にともなつて日本国籍を喪失し、朝鮮国籍を取得すべき朝鮮人とは、同条約発効当時朝鮮の戸籍に登載された者及び当然登載されるべき事由の生じた者を意味し、血統や住所のみを基準として定められるべきものではないと解するのが相当である。原告はまた、日本政府がよし子のような者に対し容易に帰化を認めるのは、このような者を無国籍者と同様に扱つているからであると主張するが、国籍法第六条第四号によつて特別帰化(簡易帰化)を認めているのは原告主張のような事情を考慮したためといえるけれども、これをもつてよし子を無国籍者と同様に取扱うべきものとすることはできない。結局、原告主張のような者に対する救済は、右のような特別帰化の方法に求められるべきものである。(なお、原告の母よし子のような者が相手国たる朝鮮国籍を取得しており、したがつて無国籍ではないことについては、檀紀四二八一年(昭和二三年)法律第一六号大韓民国国籍法第三条に「外国人であつて大韓民国の国民の妻となつた者は大韓民国の国籍を取得する」旨規定されており、いわゆる北朝鮮においても、事柄の性質上右と同様な立法措置がとられているであろうことは容易に考えられるところであり、よし子が朝鮮国籍を失つて無国籍となつたものと認めるに足る証拠はない。)

右のとおり、原告の母よし子は、原告出生当時日本国籍を有せず、また無国籍でもなかつたというべきであるから、原告は出生により日本国籍を取得するいわれはない。

三、よつて原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 地京武人 桜井敏雄)

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